「便潜血検査の罠」

 ここで、大腸がん検診として、現在日本で広く行われている「便潜血検査」について解説をします。

 40歳を越えると、受けることを催促される通知が来たり、仕事場などの検診の一部に導入されます。

 この検査は、便の表面を擦って、検体を提出し、血液が付着しているかどうかをみている「だけ」の検査です。多くは二日法で行われます。体に何を挿入する訳でもなく、負担も少なく、簡単で苦しくなく、非常に楽な検査です。そして、血液成分が検出されれば、さらなる大腸の精密検査を催促される、というものです。

 では、この検査で陽性になる可能性のある病気にはどのようなものがあるのでしょうか?

 大腸がん(結腸がん、直腸がん)、ポリープ、大腸炎症性疾患(憩室炎、クローン病、潰瘍性大腸炎など)、内痔核・外痔核(いぼ痔)、裂肛(切れ痔)、痔瘻、脱肛、などの肛門疾患、そして小腸よりも上(口側)の出血する病気(食道がん、食道潰瘍、食道静脈瘤破裂、胃潰瘍、胃がん、十二指腸潰瘍、十二指腸がん)などでも可能性があり、その種類は非常に沢山あります。つまり、口から肛門までの長い消化管のどこかで出血する病気、全てにおいて可能性があるということです。

 しかし、陽性の原因の十中八九は、肛門周囲の病気(イボ痔や、切れ痔)などです。陽性の判定後、内視鏡検査をしても、大腸に病気が発見されない人が十中八九で、陽性の原因は「イボ痔」「切れ痔」などで、「たまたま頑張って便を出した時に肛門の一部がピピッと切れて血がついてしまったのではないか?」という事になります。結局、便潜血検査で陽性であっても、大腸に異常なし!が十中八九なのです。つまり便潜血検査は「空振りだらけ」なのです。

 しかし、十中八九の裏に十中一二(そんな四字熟語はありませんが、10人中1〜2人)は、内視鏡的で治療が可能なポリープや、中には手術が必要ながんが発見されるので、「陽性」になったのなら、内視鏡検査が必要になるのです。

便潜血検査「陰性」ならば、大腸の精密検査は必要ないのか?

 ほとんどの人は、そう考えています。ここが非常にマズい点で、結局は便潜血検査を行う側の「説明不足」です。
 全てのがん、ポリープが毎日出血している訳ではありません。つまり、出血していない日に検査をすれば、当然「陰性」となりますし、小さな病変は、出血する量も少なく、血液の付いていない部位を擦って提出する可能性も大いにあります。いずれにせよ、もちろん「陰性」という結果になります。

 つまり便潜血検査は、「がんがあっても陰性になってしまう」こともあり、「がんがなくても、痔があれば、陽性になる」ということなのです。これを要約すれば、「便潜血検査は、イイカゲンな検査」と言ってもおかしくありません。

 そんな「いい加減な検査」をなぜ、職場や、市町村は毎年受けろと勧めているのでしょうか? それは、「大腸内視鏡を受ける勇気を与えるから」なのです。

 検診の結果、陽性ならば、さらなる検査を催促する通知が届き、内視鏡検査を受ければよいのですが、実際問題、「陽性」と判定されても、内視鏡検査を受ける人は60%程度だという統計結果も出ています。残りの40%の人は、検診で陽性と出ても内視鏡検査を受けないのですから、最初から便潜血検査を受けている意味がない、という事になります。

 では、陰性の場合はどのような事を意味するのでしょうか。それは、「あなたが提出した検体に血液成分は含まれていませんでした。」という意味しかこめられていません。「あなたの体に治療が必要なポリープやがんはありません。精密検査は不要です。」という意味ではありません。上に述べたように、便潜血検査は、がんがあっても陰性になることがある「空振り検査」だからです。

 つまり、便潜血検査は内視鏡検査が必要、不必要かを判断できるレベルの検査ではありません。便潜血検査の結果で、その後の行動に差が生じるという事はない、ということなのです。

ならば、便潜血検査は不要なのではないか? → やっと気付いてくれましたか?

 大腸のポリープやがんは、一般的に、急に成長するものではありません。ですから、内視鏡検査は多くても2年に一度くらいで受けておけば十分と言われています。これくらいの頻度で受けておけば、将来がんに成長するポリープも、内視鏡で治療ができるサイズでいずれ発見できる可能性が高いでしょう。

 便潜血検査の最大の目的は、内視鏡検査を受ける勇気を与える事です。しかし、既に定期的に内視鏡検査を受けている人は、その「勇気」を持っていますので、今後、二度と便潜血検査を受ける必要はありません。

 早期発見に有用と思われている便潜血検査が、上に述べた理由で陽性になってくれず、今、内視鏡検査を受ければ、手術を回避できる病気が発見できるのに、検査のチャンスを失ってしまっている人もいるのです。つまり早期発見のための検査が、逆に早期発見の妨げとなっているのも現状です。便の検査の判定で、その後の行動を左右されている場合ではありません。結局は、便潜血検査は「見逃される」という事です。

皆さんは、大腸がん検診に、何を期待しますか?

 「大腸がんで死なない事」 → もちろんそうでしょう。ならば、手術をしてでも死ななければいいですか?
 「いえそれはちょっと…。手術を回避して、内視鏡で治る段階で発見して治したい」 → 誰もがそう思うはずです。
 「毎年、便潜血検査をしていれば、手術を回避できるのでは?」 → それは「No」だという事を説明してきました。

大腸に病気が発見された時、人はどこで後悔するのでしょうか?

 それは、治療法に「手術」が選択された時です。ここで言う手術とは、外科医による開腹手術や、腹腔鏡手術を意味します。内視鏡で切除できるような病変が発見されても、皮膚にメスを加える事なく切除できる訳ですから、少しも後悔する必要はありません。あえて負担と言えば、「また下剤を飲まないといけないし、短期間の入院を要する事もある」くらいでしょうか。手術を受けるのと比べれば、はるかに少ない負担で治療ができるのです。

 ですから、全ての国民が望むものは、「手術を回避する事」です。その率を高くするには「毎年の便潜血検査」ではなく、「2年に一度の内視鏡検査」です。しかし、「率を高くする」ということは、100%、「絶対」ではないことも認識しておく必要があります。

2年に一度、定期的に内視鏡検査を受けていたのに、手術が必要な病気が発見された!

 そんな事が現実に起こりうるのでしょうか?残念ながらあり得ます。これが「あり得ない」とすれば、定期的に検査をしていれば、絶対に100%大腸がんの手術を回避することができる」ということになってしまいます。

 大腸に限らず、他の臓器のがんでも、定期的に検査を受けていれば、絶対に手術を回避できるということはあり得ません。胃がんでは、ピロリ菌を退治すれば、多くの胃がんを抑制することができると言われていますが、ピロリ菌に依存しない胃がんもあります。いくら除菌しても、胃がんを100%回避することはできません。若い女性に多いスキルスタイプの胃がんも、その例です。

 また、乳がんにおいても、毎年検診をしていたにも関わらず手術を受けた有名人もいらっしゃいます。有名人でいるということは、一般人にはもっと沢山いらっしゃるということです。人の性格が十人十色であるように、がんのタイプも成長の速度にも個人差があります。短時間で大きく成長するタイプもあれば、できた場所が検診では、見えずらい場所にあった、という場合もあります。

 大腸がんにおいて、私の経験で定期的に検査を受けていたにも関わらず手術できなかった方が3人います(約5,000人に一人)。そのうち一人は重度の潰瘍性大腸炎(がんの誘発の原因の一つとなる慢性炎症性の腸炎)で、炎症が十分に抑えられていない方でした。潰瘍性大腸炎は、炎症が抑えられないと、がんの発生率が高くなることが知られています。

 他の2人は、いずれも大腸の湾曲の内側にあり、腫瘍の形態が平坦で、ギリギリ内視鏡での切除が困難と判断された症例でした。大腸はヒダが沢山あり、その裏側に隠れたり、曲がり角のカーブの内側は、死角になりやすい場所です。そのような場所にできると、内視鏡でも発見されにくいのです。乳がんで乳首の下にできると、検診で発見されにくいことがある、というのと似たような理由です。

どうして便潜血検査は2日法(2回にわたって採取するのでしょうか)?

 答えは簡単です。「がんがあっても、毎日出血しないから、陽性になる確立を高めているだけ」だからです。

 知人が、毎年便の検査をしていて、今年初めて2回のうち、1回が「陽性」となって、近くの医院で内視鏡検査したら「がん」が見つかって、〇〇病院で手術して、今は元気にしてる。

 一見、どこにでもあるような話ですが、毎年便潜血検査をしていたにも関わらず、手術が回避できなかった、という事と、手術が必要ながんがあったにもかかわらず、1回が「陰性」と判定されていることに注目しなければなりません。もし、検査の二日間が一日ずれて、両方とも陰性と判定されれば、きっと、内視鏡検査を受ける事はなかったでしょう。そう判定されれば、そのがんは、もう一年成長の時間を与えられ、さらに成長して、転移などを来してからようやく発見される、という事も珍しくありません。

 大腸がんの場合、検診で発見されたがんと、症状が出てから発見されたがんの治療後の生存率が、前者では9割、後者では6割という結果でした。この結果から、「検診は非常に大切です、みなさんも是非受けましょう」という趣旨の記事が平成26年7月の埼玉新聞の一面に掲載されました。

 ここで疑問に考えないといけないのは、検診で見つかったにもかかわらず、1割の方がお亡くなりになっている、という点です。死亡するということは、肝臓や肺への「遠隔転移」が既にあったということで、手術が回避できるというレベルのお話ではない、という事です。

なぜ、いい加減な検査である便潜血検査を国(職場、市町村)は勧めているのか?

 それは、「国民の大腸がん死亡数を減らす」ことが目標だからです。確かに、便潜血検査は一部の人に内視鏡検査を受ける勇気をあたえ、結果的に死亡率を減らしていますが、これはあくまでも「国家的意義」であって、「母集団で減っている」だけの話です。個人の希望は、「死なないで済む」ではなくて、「手術を回避すること」なのです。それを現実のものにするには、便潜血検査では到底力不足である、という事です。

 そんな力不足のいい加減な検査の結果が「陽性だった」、あるいは「(+)だった、(++)だった、(+++)だった」、とか、一回はマイナスだったとか、去年は陽性で、今年は陰性だったから、病気の可能性がどうだとか…。そんな議論をしているサイトも見かけますが、そんな話をしているのなら、内視鏡検査を受け、白黒ハッキリさせてしまえばいいだけで、時間の無駄だと私は解釈します。

 ここまで読んで頂けた方は、便潜血検査は、不確実な検査なんだな、と御理解していただけたと思います。日本人女性のがんの死因トップ、日本人として、死因2位の大腸がんなのですから、自覚症状がなくても、40歳を越えたらまず内視鏡検査、その後も定期的に受ける事が、どれだけの価値(手術回避の可能性を高くすることができる価値)があるかを考えて頂ければ幸いです。

 当クリニックで、不幸にも大腸がんが発見されてしまい、近隣のがん専門病院に紹介し、私自身はその病院に内視鏡検査をする目的で勤務をしているのですが、そのついでにその患者様の術前・術後に「お見舞い」に行くようにしています。そうすると、必ず患者様は言います。「見つけてくれてありがとうございました。それと、こんな経験(手術)をするのなら、定期的に検査を受けておけばよかった」と。

 大腸内視鏡検査は大変な検査、という評判はありますが、ネットで賢く探せば、決して思うほど大変な検査ではありません。是非、ちょっと勇気をだして、評判のよい医療機関を探して、是非定期的に内視鏡検査を受けてみてください。

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